自伐型林業家紹介

橋本家「脱サラ・非皆伐が行き着いた自伐の道」(徳島県那賀町)

自伐型林業家紹介
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 橋本光治(みつじ)さんの山をはじめて見た人がまず驚くのが、樹種の豊富さだ。スギを中心とした人工林のほかに、尾根筋にはモミ、ケヤキ、シイ、カシなどが生育し、110ヘクタールある橋本家の山には、300種以上の植種があるという。広葉樹の落ち葉は腐葉土となり、良い木を育てる栄養豊富で保水力の高い土壌を作り上げる。持続可能な林業経営が評価され、2016年には内閣総理大臣賞と農林水産大臣賞をダブル受賞した。しかし、そこに至るまでの道のりは平坦ではなかった。橋本さん一家が「自伐林家」として自立するまでの道のりとは──。(写真:高木あつ子)

脱サラ・非皆伐が行き着いた自伐の道

 1979年、一組の夫婦がそれまでの安定した暮らしを捨てて、四国の霊峰「剣山」の南麓で林業をはじめた。
 山仕事の経験があったわけではない。夫の橋本光治さんは銀行員、妻の延子(のぶこ)さんは育児に追われる日々を過ごす、どこにでもいるごく普通の夫婦だった。
 ただ、二人には気になっていることがあった。
 延子さんの家系は徳島県那賀町で代々林業を営んでいて、父が山を受け継いでいた。それが、木の伐倒や搬出を業者に委託するようになってから山が荒れはじめ、なかには樹齢100〜150年の良質な木が伐られていた。それに危機感を持ったのが、光治さんだった。
「私も那賀町育ちで、妻の祖父は小さいころからよく知っていました。自然と調和した山づくりは素晴らしいものでした。それが、林業を業者に委託していたのでは山から木がなくなってしまう。『これはアカン』と思った。林業はずぶの素人でしたけど、それで会社を辞めたんです」

(写真:写真中央が先祖から引き継いだ橋本家の山林。山のある那賀町は森林率95%を超える)

 とはいえ、林業経営はすでに厳しい時代に入っていた。さらに、郷里に戻って間もないころ、二人に思わぬ事態が降りかかる。橋本さん夫婦に林業を教えるはずだった祖父が亡くなったのだ。
 それだけではない。遺産相続で数千万円の相続税を払わなければならなくなった。大面積の皆伐をすれば支払いも簡単だが、山は荒れ、再投資に莫大な費用がかかる。思案の末、税務署にかけあって分納する道を選んだ。サラリーマンとして毎月安定した給与がもらえる生活は一変し、税金の支払いに追われる日々となった。
「そりゃ夜も眠れん日々でしたよ。何でこんなに税金取られんといかんのやと。でもね、試練を与えられたら、人間は必死で考えるようになるんですね。林業を実際にやってみてわかったのは、作業を委託すると持ち出しの費用が大きくなり、妨げとなる。だったら『自分で木を伐るしかない』となったんです」(光治さん)

人生の師と「壊れない道」

 当時は「自伐林家」(※注)という言葉も知らなかったという。光治さんは、極限の状況で「林業で稼ぐ」ことを考えた結果、自分で伐採・搬出を行う自伐林家になったのだ。延子さんも、当時のことをよく覚えている。
「もう、私たちは断崖絶壁に立たされてましたからね。それで夫が『作業道をつくり、機械化するしかない』と言い始めたんです。私もそれしかないと思いました」
 しかし、光治さんには作業道を敷設する技術などない。周囲の林家にも、ちゃんとした知識のある人はいなかった。どうすればいいのか。考えあぐねていたところに、運命の出会いが訪れた。
「林業を初めて3年ほど経ったころ、知り合いの林家が、視察で大阪の千早赤阪村に行くという話があった。たまたま車の席に一つ空きがあって『一緒に行くか?』と誘われたんです。そこで、人生の師となる大橋慶三郎先生と出会うことになりました」(光治さん)
 大橋慶三郎さんは「作業道づくりの名人」として知られる大阪府の指導林家だ。1949年に先祖の山林を引き継ぎ、今でも自身の所有林で完成させた「高密路網」の技術を指導している。
 光治さんは、大橋さんの作業道を見て驚いた。地質は、花崗岩が風化してできた真砂土(まさど)。真砂土は砂状であるため自然災害の影響を受けやすい。下手な作業道をつけたら、大雨が降れば容易に崩壊してしまう。大橋さんは幅2〜2.5メートル、法面の切り高1.4メートル以下、2トントラックがようやく通れる程度の狭い作業道を高密度に付けていた。狭い道を高密度に付けることで低コストの林業経営ができ、自然を守ることができる。

(写真:大橋師匠から伝え授かった「壊れない道」。頑丈な道を2トン車が走り、修理もほぼ必要ない)

皆伐という誘惑

 大橋さんにただ圧倒された光治さんは、83年から自らの山にも作業道を付け始める。道づくりだけではなく、大橋さんからは林業経営の心得も必死に学んだ。今でも光治さんが大切にしている「流行を追うな、林業の本質を見極めろ」「いちばんに損することを考えろ」という言葉も、大橋さんの言葉だ。その教えを象徴するエピソードがある。
 相続税の支払いのため、光治さんは山の一部を皆伐するしかないと決意した。それで大橋さんに相談をしたところ、即座に「もったいないことするな。作業道をつけて、間伐を繰り返したら支払いなさい」と諭された。光治さんは言う。
「短期的に収入を得て生活が楽になっても、皆伐をすれば山は荒れるし、何年もかけて植林や下草刈りをしなければならない。長期的には経営の負担になるんです。それを見越して、大橋先生は指導してくれたのだと思います。皆伐をしなくてよかったですよ。今ではその山は美しい山になっています」

(写真:すぐ2〜30メートル下に道が走るため、倒せば道にかかり、効率的な低コスト林業が図れる。この高密路網を張り巡らせることで、いつでも目的の木まですぐたどり着ける)

 作業道づくりが進むごとに搬出コストの削減も目に見えて現れ、経営も少しずつ楽になってきた。通常の20倍以上となる1ヘクタールあたり300メートルを敷設した作業道は、今では全長約30キロメートル。相続税の支払いも95年に終わった。
 光治さんと一緒に大橋さんから林業の技術を学んだ延子さんも、苦しかった時代は今では懐かしい思い出になっているようだ。
「大橋先生に那賀町に来ていただいて、一緒に山を歩いて回って道づくりをしてきたからこそ、今の私たちがあります。大橋先生には本当に感謝しています」

山に木を残す持続的森林経営

 2001年には、那賀町から出て就職していた長男の忠久さんがUターンで戻ってきて後継者になった。今では3人で林業をしている。自宅では、3人に加えて延子さんの母、忠久さんの妻と子ども2人の計7人が、ひとつ屋根の下で暮している。
 今の時代、林業経営は厳しい道に思えるが、忠久さんがなぜ家業を継ぐ決意をしたかをたずねると、笑いながらこう話してくれた。
「みんなに聞かれるんですけど、理由なんてないんです。僕は、就職する時もいずれ林業をやるつもりでしたし、妻にも結婚前からそう伝えていました。自分の中では自然な流れだったんです。この山をどうやって次の世代に受け継いでいくかが、僕の仕事です」

(写真:奥が忠久さん。山の作業の前に決まって東西南北にお祈りを捧げる。光治さんは安全を祈願しながら、「自然と一体になれますように」と唱えているという)

 橋本さん一家の林業は「妨げとなるものを取り除く」が基本だ。林業機材も3トンのミニバックフォー、2トントラック、3トンフォワーダを使用。林業規模にあった機械化が重要で、それが持続可能な林業につながるからだ。
 昨年の木材生産量は150立米。売り上げにすると約150万円。しかし、これでは一家7人が生活するのは難しいように思える。そこに橋本林業の経営哲学がある。
「最近は木材価格が安いでしょう。以前なら良い木なら高く売れましたが、今は良い木も普通の木も値段が一緒。今は年金がありますし、少なからず補助金もあります。最近は林業講師の仕事も多少あります。不足分は貯えから補えばよい。無理して良い木を伐るよりも、今は残した方がいいんです」(光治さん)

(写真:普段は2名体制で仕事をする。目の動きと手降りでコンタクトをとる)

時代の変化に対応できる者が生き残るんです

 戦後の拡大造林政策で植林された木が現在、主伐期を迎えている。そこで政府は、木材自給率を上げるため伐採を奨励している。しかし、皆伐が横行し、「間伐」と称しながら持続不可能なほど大量に伐採している例も目立つ。光治さんが大橋さんの助言で「やらなくてよかった」との結論に至った皆伐が、全国的に広がっているのが現状だ。光治さんは、そこにも警鐘を鳴らしている。
「林業は、政策があっち行ったり、こっち行ったりする。それに補助金がつくもんだから、みんな振り回される。これが間違いなんです。つい最近、『50年先の林業はどうなっているか』という原稿依頼がありました。そんな先のこと私にはわかりません。大切なのは、どんな時代になっても生き残れる林業経営をすること。今は木材価格が安くても、いずれ少々高くても良い木を欲しい人が出てくると思います。その時に、売る木がなかったら経営できませんよね」

(写真:全国で広がる皆伐。すぐ下の林道を観光客の車が通る/撮影地・埼玉県西部)

 光治さんは、続けてこう言った。
「自伐林業の『自』は、自由自在の『自』。大きくて強いものが生き残れるわけではない。時代の変化に対応できる者が生き残るんです」
 橋本一家の視線は、現在ではなく、やがて山を受け継ぐであろうまだ見ぬ100年先の子孫たちに向けられている。(編集:自伐型林業推進協会)

※写真の無断使用はお控え下さい。

(写真:右から光治さん、忠久さん、延子さん)

(写真:水を抜く木組みだが、構造物は最小限に。針葉樹と広葉樹の共生する山に、作業道が馴染む)

(写真:山で暮らしをつくる四世代同居の家族経営)

(写真:光治さんの書斎。愛読書は安岡正篤氏の書籍)

※注 山林を所有し、伐倒・搬出・森林経営を自身で行う林家。山林を持たないが山主と契約して森林経営・自家搬出する自伐型林業者と区別して使用。

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■菊池俊一郎さん「農家林家という生き方」(愛媛県西予市)
http://jibatsukyo.com/person/kikuchiringyo

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